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鹿児島地方裁判所 昭和43年(ワ)486号 判決

原告 有限会社三幸精肉店

被告 山下福吉

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

本件について当裁判所が昭和四三年一一月二五日にした強制執行停止決定はこれを取消す。

この判決は前項に限り仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人らは、被告が訴外栗田光雄に対する鹿児島地方裁判所昭和四三年(モ)第一〇八号建物収去命令に基づき昭和四三年一一月九日以降別紙〈省略〉目録記載の家屋(以下、本件家屋という)に対してなした強制執行はこれを許さない。訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、請求原因として、次のとおり述べた。

一、被告は、訴外栗田光雄に対する鹿児島地方裁判所昭和三三年(ワ)第三三二号家屋収去土地明渡請求事件判決の執行力ある正本に基づく強制執行の一環として同庁昭和四三年(モ)第一〇八号建物収去命令に基づき昭和四三年一一月九日本件家屋に対し取毀しの強制執行に着手した。

二、しかし、本件家屋は、原告が昭和二八年八月一日以来右訴外人から賃借占有し食肉販売業に使用しているものであるから、右取毀しの強制執行は、許されない。

三、よつて、原告は、右取毀しの強制執行の排除を求める。

被告訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決を求め、請求原因に対する答弁として、請求原因第一項記載の事実は、認めるが、同第二項記載の事実は、否認する。と述べ、抗弁として、

一、仮に、原告が訴外栗田光雄から原告主張の日時に本件家屋を賃借したとしても、原告の代表者は右訴外人であり、原告と右訴外人は住所を同じくし、その他原告の営業の種類、規模等から考えて、原告と右訴外人とは、実質的には同一人であるというべく、右両者間に締結された右賃貸借は、虚偽表示に準じて無効というべきである。

二、仮に、そうではないとしても、右に述べたように、原告と右訴外人とは、実質的には同一であるから、原告は、信義則上、本件強制執行により侵害されるべき賃借権があることを被告に対し有効に主張し得べき法律上の地位にはないものというべきである(この点に関しては、賃借人と転借人とが実質的に同一人である場合はたとえその転貸借が賃貸人の承諾がないときでも解除権は発生しないという判例理論が参考にされるべきである)。

原告訴訟代理人らは、抗弁に対する答弁として、抗弁第一、二項記載の事実は、いずれも否認する。被告は、いわゆる法人格否認の法理を主張するものと思われるが、原告は、その構成人員や営業実態からみて、訴外栗田光雄とは別個の実体を具える別人格であり、また、執行関係は、執行当事者毎の債務名義の執行力ある正本の存在を前提とし、当事者の変更があれば、承継執行文を要するのであるから、いわゆる法人格否認の法理は、執行関係においては容認し得ないものといわなければならない。と述べた。

証拠として〈省略〉……した。

本件について、当裁判所は、昭和四三年一一月二五日強制執行停止決定をなした。

理由

一、被告が訴外栗田光雄に対する鹿児島地方裁判所昭和三三年(ワ)第三三二号家屋収去土地明渡請求事件判決の執行力ある正本に基づく強制執行の一環として同庁昭和四三年(モ)第一〇八号建物収去命令に基づき昭和四三年一一月九日別紙目録記載の家屋(以下、本件家屋という)に対し取毀しの強制執行に着手したことは、当事者間に争いがない。

二、そして、いずれも成立に争いのない甲第三ないし五号証によれば、被告は、鹿児島市武町五一七番地宅地二四七・九三平方メートル(七五坪)を所有し、訴外栗田光雄は、右土地の換地予定地同所同番一三ブロツク宅地一七四・五四平方メートル(五二坪八合)のうち一一一・〇七平方メートル(三三坪六合)(別紙第一図面中A、B、C、D、Aの各点を順次結ぶ線で囲んだ斜線部分)地上に本件家屋を存置所有しているが、鹿児島地方裁判所は、被告、訴外栗田光雄間の昭和三三年(ワ)第三三二号家屋収去土地明渡請求事件について昭和三六年九月二七日訴外栗田光雄は被告に対し本件家屋を収去してその敷地である右一一一・〇七平方メートル(三三坪六合)の土地を明渡すべき旨を命ずる判決を言渡し、右判決は、控訴審、上告審でも維持されて昭和四三年二月一五日確定したことが認められるところ、いずれも成立に争いのない甲第一号証、第六号証の一、二、乙第一号証、証人相星林の証言及び原告代表者本人尋問(第一、二回)の結果によれば、原告は、設立時である昭和二八年八月一日以降訴外栗田光雄から本件家屋の一階のうち店舗部分を賃借占有しているという形式をとつていることが認められる。右認定を左右するに足りる証拠はない。

三、しかしながら、前記甲第一ないし四号証、乙第一号証、証人相星林の証言(後記措信し難い部分を除く)、原告代表者本人尋問(第一、二回)の結果(後記措信し難い部分を除く)、当裁判所の検証の結果及び弁論の全趣旨によれば、訴外栗田光雄は、昭和二一年八月二五日から鹿児島市武町五一七番地宅地二四七・九三平方メートル(七五坪)のうち九九・一七平方メートル(三〇坪)を占有しその地上にバラツク建家屋を存置所有し右家屋で精肉販売業を営んでいたが、昭和二三年八月三日右宅地二四七・九三平方メートル(七五坪)が同所同番一三ブロツクに一七四・五四平方メートル(五二坪八合)に減歩のうえ換地予定地の指定がなされるや、右バラツク建家屋を右換地予定地のうち東側道路に面した部分の地上に移築し引続き右家屋で精肉販売業を営んでいたが、昭和二五年五月一六日頃から右家屋を本件家屋に改築しその敷地である右換地予定地のうち一一一・〇七平方メートル(三三坪六合)(別紙第一図面中A、B、C、D、Aの各点を順次結ぶ線で囲んだ斜線部分)を占有し引続き本件家屋で精肉販売業を営んでいたこと、訴外栗田光雄の右換地予定地の一部一一一・〇七平方メートル(三三坪六合)の占有権原については、被告と右訴外人との間に、昭和二三年八月三日当時から調停や訴訟による紛争があり、原告が設立された昭和二八年八月一日当時も係争中であつたこと、訴外栗田光雄は、昭和二八年八月一日税金の軽減を図る目的で有限会社たる原告を設立し、自らその代表取締役となり、原告は、爾後前記のとおり訴外栗田光雄から本件家屋の一階のうち店舗部分を賃借占有しているという形式をとつて同所で精肉販売業を営んでいる(なお、本件家屋のその余の部分は、訴外栗田光雄が居住用として占有使用している)が、右のように精肉販売業の経営主体が訴外栗田光雄個人から原告という法人に変つたからといつて右精肉販売業の営業内容や営業規模には別段変更はなかつたこと、原告は、訴外栗田光雄が代表取締役であるほか同人のおじである訴外栗田喜次郎が取締役であり、右両名のほか訴外栗田光雄の妻である訴外栗田益江及び同女の父である訴外井上仁平が社員であるが、実質的な出資者は訴外栗田光雄一人であり、経営を支配しているのも同人であること、原告は、社員総会を開いたりしたことはないこと、訴外栗田光雄個人の財産と原告の財産とは明確に区別されているとはいい難く、例えば、本件家屋についても、訴外栗田光雄の使用部分と原告の使用部分とは明確に区分されてはおらず、訴外栗田光雄の占有部分である二階に原告の従業員を起居させたりしていたこと、訴外栗田光雄と原告との間の前記本件家屋の一部の賃貸借についても、賃貸借契約書や賃料の領収証は、少くとも現在は存在しない(かつて存在したかどうかも定かではない)し、また、賃料額は、昭和三八年八月までは月額三、〇〇〇円、同年九月からは月額六、〇〇〇円という本件家屋が国鉄西鹿児島駅前の大通りに面した位置にあることに鑑みれば格安の額に定められていることが認められる。証人相星林の証言中訴外栗田光雄と原告との間の本件家屋の一部の賃貸借についての賃貸借契約書を見たことがあるかのような部分及び原告代表者本人の供述中右認定に反する部分は、前掲証拠に照らして措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。右認定事実によれば、原告は、要するに、肉屋が税務対策のためいわゆる法人成りをしたにすぎないものであつて、有限会社の形態こそ採つているけれども、それは全くの形骸にすぎず、その実体は背後に存する訴外栗田光雄個人にほかならないことが認められるから、原告は、被告が訴外栗田光雄に対する前記債務名義に基づき本件家屋に対してなす強制執行につき、第三者として、右強制執行を妨げる権利を主張することは許されないものといわなければならない。これに対して、

原告は、いわゆる法人格否認の法理は執行関係においては妥当しないと主張する。なるほど、いわゆる法人格否認の法理が適用されるべき場合であつても、個人に対する訴訟の判決の既判力及び執行力は、当然には法人に及ばず、従つて、法人に対しても執行しようとすれば、個人に対するのとは別個の債務名義なり執行文なりが必要となることは、所論のとおりである。しかし、これは、執行手続を判決手続から分離独立させ、執行機関には執行の目的物の債務者の責任財産への帰属やこれに対する他人の権利の有無に関しては形式的に審査する権限職責しか与えないこととしたことの当然の帰結であるにすぎないのであつて、執行の目的物の債務者の責任財産への帰属やこれに対する他人の権利の有無を実体的に審査する判決手続たる第三者異議の訴訟においては、執行手続におけるとは異り、事柄を実質的にみて、個人と法人とを通じて一個の法人格しか存在しないとの実体的判断をすることができることは、寧ろ当然といわなければならない。いわゆる法人格否認の法理の適用により第三者異議が認められないこととなる結果、個人に対する債務名義だけで実質的には個人のものであつても形式的には法人のものとなつている財産に対しても執行することを事実上容認することとなろうが、これは、右に述べたところからも明らかなように、執行当事者毎の執行名義の存在の要請は執行手続の形式的確実性に基づく要請であつて事実的結果にまで及ぶものではないから、なんら背理とはいえないし、このような事実的結果こそ正にいわゆる法人格否認の法理の企図するところというべきであろう。

原告の主張は、理由がない。

四、以上に説示したとおり、原告の本訴請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を、強制執行停止決定の取消及びその仮執行宣言につき、同法五四九条四項本文、五四八条一項、二項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 露木靖郎)

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